入院その4    手術へ 

2月26日(月)
 明日から下剤だそうだ。
 M先生もマックで私と同じマシーンのようだ。
 札幌はいつもの青空。手術まで3日。特別な気持ちも不安もないが待つというのは結構疲れるものだ。今日は、アイソトープ検査のための注射がある。入浴は合間をぬってと言う感じ。結局、午後のRIカメラは28日の間違いだった。今日は血管注射で試薬を入れ、各臓器に回るのに2日くらいかかるそうだ。妻も一緒でなければ困るので、28日の面談はカメラの後にずらしてもらった。久々の風呂は気持ちが良かった。午後、K氏が見舞いに来てくれた。隣のNさんは某会社の食品薬品部の方なので、いろいろ話をしてくれた。Nさんが自分で飲むつもりだった食品薬品部試薬の水溶液をいただいた。ただ貰いっぱなしもいやだったので、T氏からいただいた沖縄の水溶液を一本あげた。昨日、息子はきちっと新幹線で帰ることができたのだろうか?いつもずいぶんと適当だから困ったものだ。結局、病院に来てくれたので飛行機に乗れなかった原因だろう。優しい気持ちがいつも後手になっている。でも、家族が全員そろうということはこれからはあまりできないことかもしれない。妻と二人で乗り越えていく人生。子供がヘルプサインを出した時はその時はその時で考えるけど、子供は自分で乗り切らなくては。自分もそうしてきた。妻には、毎日仕事の返りに直行してもらって頭が下がる。
 11:00に人工肛門の説明を受けた。本当にケアーも含めて実にしっかりしたものだ。ストマ外来のこと、医療控除や級によっては年金関係のことなどいろいろと説明を受けた。生活上では全く問題がないそうだ。術後は、4〜5日水も飲めないそうだ。

2月28日(水) 今日で2月が終わり。
 いろいろあった。これまでの人生でこの一年はいろいろなことが一番あったかもしれない。単身赴任での二重生活。息子・娘の成長。父の死。母の入院。妻の両親の病気。そして・・・今。全て、負かもしれない。精いっぱい生きるしかないか。なくなってしまったことや、なってしまったことよりこれから頑張ることを決意しなければ。とにもかくにも妻に感謝!
 妻の実家にも大変心配をかけている。
 次に目が覚めた時に、何事もなかったらよいが、何かあった時には、「健康第一で、実家のこと・息子・娘のことを頼む・・・」
 手術前のいろいろの準備が、手際よく説明を受けたり処置してくれたりした。それにしても、毛剃りは恥ずかしかった。肛門から機械を入れて縫合するかもしれないので、前も後ろもすっかり赤ん坊だ。肌が弱いので電気カミソリを使った。それにしても看護婦さんは大変だなーとつくづく思った。
 夜、もう一度直診して確かめるという。終わってから、妻とM先生の最終の話を聞いた。「ひょっとしたら人工肛門にならなくてすむかもしれない。」と,突然先生がおっしゃった。先生に「どうします?」と言われたので、「いいえ、覚悟を決めているので人工肛門でよろしいです」といったが、「まだ働けるのだから人工肛門でない方がよいと思いますよ。」と先生は言った。「これまでに、人工肛門で良いといった人はいますか?」と聞いたところ、「ひとりだけ、タクシーの運転手さんが瀕便では商売にならないので人工肛門を選んだことがあるが、みんな縫合の方を選んでいます」とのことであった。「瀕便も慣れてしまえば必ず良かったと思うはず」と言われ、もし人工肛門にしなくてもよい状況であれば先生にお任せすることにした。手術同意書を書いた。全身麻酔なので、たまに事故もあるそうだ。そういえば、同室の方が片足がマヒして大変なようだ。麻酔の後遺症だそうだ。あれこれ心配してもしょうがないので楽観することにした。

                手 術 に続く    

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